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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(行ツ)159号 判決

上告人

村田通三

上告人

村田松市

上告人

大島孝訓

右三名訴訟代理人

古川祐士

細川律夫

被上告人

埼玉県選挙管理委員会

右代表者委員長

飯塚孝司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人古川祐士、同細川律夫の上告理由第一点について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、家族旅行その他所論の選挙人の申し立てた旅行が、社会通念に照らして付き合い、儀礼等の理由から社会生活上必要な用事のためであるか又は本件選挙の当日以外に日程を変更することが著しく困難な用事のためであつて、公職選挙法四九条一項二号所定の不在者投票事由に該当するものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点ないし第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

私も、上告理由はいずれも理由がないと考えるのであるが、所論にかんがみ若干の私見を補足しておきたい。

上告理由第一点の一は、要するに、所論の家族旅行、慰安旅行等は公職選挙法四九条一項二号所定の不在者投票事由にあたるとするために必要ないわゆる「用務性」に欠けるにもかかわらず、単にその旅行が社会通念に照らして選挙の当日以外に日程を変更することが著しく困難であるということだけで右不在者投票事由にあたるとした原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかしながら、近年、一般社会生活において農閑期、休暇、休祭日等を利用して家族旅行、慰安旅行等を行うことは極く普通のこととなつており、しかも、それが現代の社会生活の重要な一要素となつてきていることにかんがみれば、右のような旅行もいわゆる「用務性」を有するものと解するのが社会生活の実情に適合するゆえんであり、したがつて、選挙の当日以外にその日程を変更することが著しく困難であるなどやむを得ない事情があつて、投票時間帯に投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべき場合には、なお公職選挙法四九条一項二号所定の不在者投票事由にあたると解するのが相当であつて、これと同旨の原判決に所論の違法はなく、右上告理由は理由がないと考えるものである。

ただ、このように解しても、もとより投票は選挙の当日に投票所におもむいて行うのが本則であり、不在者投票制度はあくまで例外的な取扱いであつて、法はその濫用を防止するためその要件と手続を厳格に定めているのであるから、不在者投票の管理に当たる者としては、宣誓書等の書面の記載上は不在者投票事由にあたる事由が存在することが必ずしも明らかでない場合には、口頭による申立て又は補足説明を求めるなどして、その申立てにかかる事由が不在者投票事由に該当するかどうかを厳正に審査するのでなければならず、その取扱いが安易に流れてはならないことはいうまでもないところである。念のため、このことを一言付加しておきたい。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告代理人古川祐士、同細川律夫の上告理由

上告理由第一点 原判決には、公職選挙法四九条一項二号の解釈、適用を誤つた違法があり、これが原判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は、別紙不在者投票者一覧表記載の不在者投票者(以下番号又は氏名をそのまま引用する)のうち、11、26、27、28、57、72の各不在者投票管理のみを違法とし、68ないし71の四名を除く六二名の不在者投票事由をもつて公職選挙法(以下法という)四九条一項二号に定める事由に該当するとしている。同号の文言は「選挙人がやむを得ない用務又は事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべきこと」というものであるから、同号に該当するか否かは、「その属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中である」ことの外、その旅行又は滞在が「やむを得ない用務又は事故のため」であることを要する。原判決は、右の「やむを得ない用務」について、①「社会通念に照らしてつき合い、儀礼等の理由から社会生活上必要な用事」(二九丁表、三二丁裏)、②「社会通念に照らして本件選挙の当日以外に日程を変更することがいちじるしく困難な用事」(二九丁裏、三二丁裏)をもつてこれに該るものと判示している。右①の「用事」は、法四九条一項において、一号及び三ないし五号の具体的不在者投票事由と別に二号を定めていることと対比すると、これをもつて二号事由と解することも不当ではない。しかしながら、②については、同列に論ずることはできない。②の意味するところが、「旅行」の「用務」自体について検討されるのであれば、これは、①と同一のことを言葉を変えて表現しているにすぎないから、実質的に問題は生じないが、仮に、その意味内容が、「あらかじめ日程が定められ、既に乗車券が入手され、旅館の予約が行われている等その計画を変更することが困難な事情がある場合」をも含むとすれば、これは、明らかに誤りであり、法四九条一項二号に定める「やむを得ない用務」についての不当な拡大解釈であるといわなければならない。同号の定めるところは、「旅行」が「やむを得ない」のではなく、「用務」が「やむを得ない」とするものであること明白である。原判決の②の解釈が後者の趣旨を含むとすれば、これは「やむを得ない旅行」と同一になり(右のような計画変更の困難さが、「やむを得ない」といえるか否かは別として)、同号において「旅行」と「用務」を区別したことを全く無視することになるのである。なるほどこの点については、「最近では国内旅行でもかなり以前からの予約制によることが多いことを考えると……若干検討の余地がありそうである」(野中俊彦、ジュリスト一九七七年六月一日)との指摘もなされているが、法の文言は明らかにそのような解釈を否定しているのである。選挙に関する手続は厳正でなければならず、法文を無視して不当にその解釈を拡大することは、不在者投票制度の濫用の実態(甲第四、第五号証)に照らしても慎まなければならないのである。

ところで、原判決が②の理由をもつて二号事由に該当するとした不在者投票事由を検討すると、その内容が、予約等による計画変更困難な場合を含ませていること明らかである。23、24の二名については疑問の余地がなく、6ないし10、13ないし19、21、22、25の一五名についても右の解釈によつているものと思われる。そうすると、右の一七名については、何ら適法な不在事由が存在しないにも拘らず、法四九条一項二号の解釈を誤つた結果、不在事由ありとして同号を適用したものといわなければならない。もちろん、右一七名について、つき合い、儀礼等の理由から社会生活上必要な用事であることを窺わせるに足りる証拠は全く存在しない。

二、つぎに、原判決は、二号事由の「やむを得ない用務」の一場合として、前述のとおり、「社会通念に照らしてつき合い、儀礼等の理由から社会生活上必要な用事」を掲げている。右の「必要な」とする趣旨は、単なる「有益な」ものというのでは足りないこと明らかであり、これをより具体的に表現すると、「選挙人の裁量によつては変更できない」ことをいうものと解すべきである。この意味の「変更」の可否は、前述の乗車券、旅館等の予約などに関する計画の変更をいうのではなく、用務の相手方あるいは用務内容そのものについて問われるべきであることをいうまでもない。

原判決は、これをもつて、本件の不在者投票者の不在事由が二号の事由に該当するものと判断している。しかし、その適用は甚だ不適当であつて、違法なものという外ない。

まず、66小林享子の申立事由が「飲食店を経営していて関西の友人がうまいものがあるから参考に食べにくるようにいつてきたので出掛ける旨」であつたとしているが、本件選挙の当日出かけなければならなかつた、あるいは、これを変更することができなかつたか否かについて、全く触れるところがないのである。仮に右申立が真実であるとしても、原判決のいう「必要な」理由は全く示されていない。

つぎに、29中村房子、30中村芳生の両名については「新築祝」の事由があつたとされているが、これについても、本件選挙の当日行かなければならなかつたか、変更できなかつたか否かという「必要な」理由は全く示されていないのである。もつとも、この両名については、原判決によると概括的ではあるが「不在者投票事由の申立において、相応の口頭による補足説明をした」(三二丁裏)としているが、経験則上とうていそのように認定しえないことは後述のとおりである。

右のとおり、66、29、30の三名について、原判決は自らの解釈基準の判断を誤り、ひいては法四九条一項二号の適用を誤つているのである。

三、また、原判決には、法四九条一項二号の「その属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であること」の解釈適用を誤つた違法がある。

31染野豊太郎の不在事由は「上棟手伝」であり、50永田美江、53小澤春美、54新井愛子、55新井和朗、56高橋節子の五名はいずれも「結婚式」をその不在事由としている。なるほど右六名については、自らの裁量で計画を変更できないものといえる(欠席する場合を除いて)。この意味でこれらが「やむを得ない用務」に該当するとすることは不当ではない。しかし、これら六名については、いずれも、もう一つの要件を欠くものといわなければならない。「やむを得ない用務」であつても、それがため、「市町村区域外に旅行中又は滞在中」でなければならない。しかも、その旅行中又は滞在中の期間について法四九条は単に「選挙の当日」と定めるにすぎないが、これが「投票の時間帯」を意味するものであることはいうまでもない。本件選挙が、当日の午前七時から午後六時を投票時間としたことは明らかである。当日、たまたま、右六名のような事由により町の区域外に出かけなければならないとしても、右の投票時間内に、町の区域内に居る場合は、不在者投票をすることができないのである。

右六名の宣誓書には、いずれも、不在時間が右投票時間帯を超えて記載されているが、他の宣誓書も含めて、本件選挙当日の不在時間をほとんどの場合、午前七時あるいは六時からとしている点をみると、極めて不自然であつて、宣誓書の記載時間をもつて不在期間を判断することは正当でないというべきである。特に、54新井愛子、56高橋節子の両名については、一〇月二三日について不在時間が記載されているが、いずれも結婚式参列のためであつて、仮に東京で行われるものであつても、午前七時の投票を終えてからでは遅過ぎる理由は何ら存在しないこと経験則上明らかというべきである。原判決は、この点を漫然看過し、右六名について法四九条一項二号を適用した違法がある。〈以下、省略〉

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